更年期障害妻とうつ病夫の物語 うつ病・更年期障害克服ブログ

うつ病にかかってしまった夫。その妻(それにより更年期障害が悪化、自律神経失調症になる)から見たうつ病への接し方と回復解決方法についてのブログです。夫婦と家族を襲ったうつ病が発生させる悪夢の日々の描写や夫婦間のすれ違いと諍い、その一方で支え合いと愛情。悲喜こもごもの夫婦のうつ病ライフでした。うつ病解決までの道のりも書いています。そして私の更年期障害の悪化と苦しさと回復についても記述していきたいと思います。

うつ病の夫について 孤独な戦いと世間の偏見

f:id:utubyouhuuhu:20161228013244j:plain夫と結婚した時、そのころはまだまだ夫はやる気に燃えていて、頼りがいのある人でした。

まさか後年うつ病で大変なことになるなんてつゆ知らず、、、

人生は一寸先は闇と言いますが、その闇がうつ病だったから、闇はどんどん深まっていくばかりでした。

このブログは夫も実は読んでいます。。。。夫もうつ病が回復している今、夫婦間のうつ病によるトラブルも笑って話せるぐらいですし、お互い隠し事をしないという約束をしていますので、たくさんのことを包み隠さず書いていきたいですね。

夫は父親から仕事を受け継ぎ、事業を行っていました。

でも、二代目であるが故に、様々な苦労もあったらしく、心身ともに悪くしてしまいます。

もともと融通がきかない頑固者で、努力家でもあったので、それが自分を追いつめてしまったのでしょう。

夫も「俺がうつ病になるのも性格がそうだったからだろうな」と自己分析しています。

夫がうつ病で伏せって身動きも取れない時期、いわば引きこもりのニート状態になっている間、私は夫はうつ病で寝ているしかできないと思っていました。

昔の努力して頑張っている姿を見ているからです。

だけど、それが長く続くと、さすがに「怠けている」という感想を持つ時もありました(その後すぐに思い直してうつ病だからしょうがないと切り替えていました)。

夫の努力をよく知っている私は、だから世間のうつ病は苦しみを装っているだけで逃避している、怠けている、根性がないからなるという偏見にはショックを受けました。

と同時に「そう思われるのもしょうがないのかな」と感じます。

親戚の叔父叔母も古いタイプの人間で、上から目線で気力と根性でうつ病は何とかなると、貴重な「アドバイス」をいいます。

もうそれ以来、私は決して夫とその人達を会わせないようにしました。

夫は彼らのありがたい提言(?)をどのような気持で聞いていたでしょうか?

その後ずっと壁に向かって固まった姿勢で身動きもせずジッと座っていました。

焦ったり、自己嫌悪に陥らないように、私は必死でフォローしましたが、なかなか彼の心に届かなかったのは、やるせなかったです。

うつ病は「聞く耳」すら持てなくなってしまうんですね。

でも、夫の苦しさは当時の私には理解不能なところがありました。

「お前が想像している苦しさより、はるかにやばいんだ」と夫はよく言いました。

それもそうでしょう。。。。落ち込む、憂鬱になると言うくらいなら誰だって経験があるし、その時のふさいだ気持を想像できます。

それすらはるかに超えているとなると、もう本人じゃない私にはわかりません。

大事な人の気持ちをわかってやれないことの悔しさがありました。

私だって更年期障害がひどくなり、辛くて苦しくて憂鬱な気持ち、イライラした気持ち、夫のうつ病のことで気が狂いそうでした。

だけど、またうつ病はレベルが違うとも言います。

ただし更年期障害からうつ病に完全になってしまう人もいるので、私も一歩間違えたら一線を越えていたかもしれません。

それぐらい苦しかったですから。

夫もイライラしてきて、急に怒りっぽくなります。

何でもない些細なことすら、私をしかりつけました

私も最初はうつ病だからと受け入れていましたが、生身の人間です。

つい反論してしまいます。

私も更年期障害のことやらストレスやらでいっぱいいっぱいでしたから、カチンと来てしまいます。

夫婦げんかの後、お互いに自己嫌悪に陥ります。

夫は、うつ病の状況に陥った自分という存在への罪の意識から。私は夫の心をわかってやれない後悔からです。

暗雲漂う波風荒い岩肌だらけの絶海の孤島で、将来の希望もなく、二人で取り残されていた気分でした。

娘は家庭の雰囲気が変わっていくことを敏感に察知しています。

娘の思春期における精神的発達に悪影響になることを、夫はしきりに心配していました。

でも、私がいくらフォローしても、悩むこと心配することを決してやめません。

やめないというか、やめられないのです。それがうつ病の怖さなんですね。

私も早くこの状況から脱出したかったですが、病院の抗うつ剤だけで果たして治るのかどうか心配でした。

根治していくために、何か方法を探し求めていました。